2006年05月07日

第二十三話 煙立つ街、丘の上で

 見晴らしのいい丘からは、街のすべてが一望できた。広々とした街並み、立ち並ぶ古い建物、背が高いタウンハウス、曇った窓ガラス、巨大な尖塔、何本も伸びる煙突から、吐き出される白い煙……
 それでも、視界を埋め尽くすのは、色を失った空。
 マンチェスターの、灰色に閉ざされた空の下。
「――今日もこの街は何も変わっていないわ」

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第二十二話 戻るべき場所

「君は、あのサイラスが後任にふさわしいと?」
 壁一面が絵画で飾られた書斎、奥にある暖炉の前のソファに腰掛けたまま、初老の紳士――財務卿アーネスト・ヘイル――は、目の前に立つ執事へ問いかけた。

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第二十一話 日が昇る、その前に

 赤い光が、暗闇の中、生まれる。
 マッチをこすると、きらめくような炎と、立ち上る独特の匂いとが生じる。まるで魔法のように、突然生まれる赤い輝きを、エレンは気に入っていた。
 残り少ない蝋燭に火を移して、エレンは部屋の外に出る。
 片手には蝋燭を、片手には道具箱を。

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2006年05月06日

第二十話 天井を、仰いで〜続・開かれたドア



注:第十九話の続きなので、先に十九話からお読みください。


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第十九話 開かれたドア

 緑色のベイズのエプロンを着けた執事とフットマンが肩を並べ、バトラーズ・パントリーで後片付けをしていた。フットマンが汚れを流し場で洗い落とし、執事が丁寧に銀の皿や器、それにナイフを鏡のように磨き上げていく。
 互いが互いに信用しあい、無言のまま進む完璧なコンビネーション。水の流れる音と、布の音、それにわずかな吐息。厳かな儀式のような時間は、不意に終わりを告げる。
「ここで働いて、何年になる?」
「もう三年になりますね」
 上司が珍しく話しかけてきたので、サイラスは作業の手を止める。
「転職を考えている頃かな?」
「……三年一区切りですからね、この仕事は。ですが、まだ……」
「転職は少し、待ってみないか?」
 サイラスは問いたげに、敬愛する上司を見る。白髪の混ざり始めた壮年の執事は、いつもと変わらぬ低い声で静かに告げた。
「――来月末で、私は離職する」
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2006年04月09日

第十八話 大好きな人

 暖かい暖炉の前、ソファに腰掛けた少年は、傍にいるメイドをじっと見つめている。メイドは縫い物を一生懸命、夢中になって、針の一刺し一刺しで、頭の中に描いた模様を、形へ変えていく。
「どうかなさいましたか、レイノルド様」
 顔も上げず、メイドは幼い主人の様子を感じ取る。
「きれいだね、アリシアは」
「からかわないで下さい」
「僕は本気だよ」
「ありがとうございます」
 手を休めようとしないアリシアに、レイノルドは少しいらだつ。
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第十七話 私のメイド

「初めまして、エレンと申します。本日より、あなたのお世話をさせていただくことになりました。何なりとお申し付けください」
 ある日突然目の前に、メイドがやってきた。正確に言うと、私がこの家の世話を受けるようになった結果、メイドがあてがわれただけなのだけど、私にとっては一大事で、言葉が無い。
 生まれも育ちもお嬢様ならば何も悩まなかったのに、私は生まれも育ちも、そうじゃない。メイド一人がやってきただけで、どぎまぎしてしまうのだから。

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第十六話 明日から

 ふたりの少女が、まるで鏡のように向かい合っていた。瓜二つの顔立ち、背の高さ、そして髪型。薄暗い部屋に明かりは無く、天井の窓、月明かりを頼りに、二人は互いを見つめていた。
「これで大丈夫かな? おかしなところは無い、ミナ?」
 着飾った姿――屋敷から支給された制服とエプロンを身に着けて――で、エレンは不安そうに確かめる。もうひとりの少女、ミナは無言で小さく頷いた。

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2006年04月02日

第十五話 あの方と、さようなら

 開いた窓から、ささやかな風が注ぎ込み、カーテンを揺らす。静謐さに包まれた穏やかな午後、子爵家の三階の私室。開け放たれたクローゼットから、衣類をひとつひとつ丁寧に取り出して、ひとりのメイドが大きなトランクに詰め込んでいた。
 トランクは幾つもあって、その作業はなかなか終わらない。
 深いため息を吐いて、マリアは天井を見上げる。そうでもしなければ、涙が零れそうだった。
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2006年02月28日

第十四話 小さな決意

 石垣の上に腰掛けて、彼女は静かに足を揺らす。ぼろぼろの靴、爪先は穴が開いている。櫛の通らない髪の毛は乱れて。黄金色の夕暮れに照らされた横顔、赤く腫れた頬と、乾いた涙の痕。
 生きていても、辛いだけ。
 去年と何も変わっていない。
 生活は全然良くならない、ただ家族だけがどんどんと増えていって、一番上のお姉さんだからって、弟や妹の面倒を見たり、食事の量が少なかったり、学校にだって、満足に行かせてもらえない。私は勉強が出来るのに……
 もううんざり。

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