2006年05月08日

第二十五話 別離の前に

注:『第二十四話 届かない想いと』の続きですので、そちらからお読みください。

 寝静まったのを待って、レイノルドはドアを開ける。
 絶対に屋根裏部屋に行ってはいけないと、厳しく諭されていたけれど、残された時間は少ないのだから……
 音を立てないように、静かに歩く。
 それは、初めての冒険だった。
 ドアノブに手を掛けて入り込んだ部屋は、薄いカーテンの向こうから入り込む、青白い月明かりに照らされて。足元には絨毯も無く、まるで外みたいに、冷え込んでいた。
 殺風景で、荷物置き場みたいな部屋で、アリシアが暮らしているなんて。同じ屋敷にいるのに何も僕は知らなかった。木のベッド、薄くて粗末な毛布に包まって、眠っているアリシア……

 眠る彼女の唇に、レイノルドはそっと口付けようとして、それがずるいことだと、約束を破ることだと、思い直す。白い息が、アリシアの前髪を揺らす……
「レイノルド様?」
 目を開けたアリシアは起き上がって、その薄い毛布で、レイノルドを包んだ。
「――風邪を引きますよ、こんなところにいると」
 温もりに包まれたレイノルドはアリシアに、しがみつく。
「ねぇ、アリシア……僕は、離れたくないんだ。学校になんか行きたくない、本当は。何も勉強することなんて無い、ただアリシアがいればそれで十分なんだ。どうして、お父様もお母様も、誰も彼もわかってくれないんだ」
 込みあがってきた涙が、零れ落ちていく。
「私は所詮、あなたの屋敷の使用人に過ぎません。使用人は家具のようなものです」
 アリシアはそっと膝をついて、レイノルドの額に口付ける。呆然とするレイノルドの手を引いて、アリシアは主人を、その部屋へと連れ戻して、ぬくもりの消えかけた寝床へ寝かしつける。
「立派な貴族におなり下さい、レイノルド様」
 眠りに負けて、静かに目を閉じた主人の唇に、アリシアはそっと口付けた。
posted by kuga at 21:52 | TrackBack(0) | 短編集
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