2006年05月08日

第二十四話 届かない想いと

「結婚がダメでも、キスならばいいでしょ?」
 駄々をこねる主人に、アリシアは、ため息を吐く。
「――わかりました。キスしても、よろしいですわ」
「本当?」
 ソファに腰掛、足を揺らしていた少年は、ぱっと飛び降りるが、水を差すように、静かにアリシアは微笑んで、立ち上がると、小さな主人の頭に手を置いた。
「但し、背が届くのでしたら、ね」

「届くはず、ないじゃないか」
 むっとしたように口を膨らませ、レイノルドは不平を言う。
「では、仕方がありませんわ」
 アリシアは澄ました顔で、答える。
 それから、レイノルドは子供なりに工夫をした。掃除の最中に身をかがめる彼女を、着替えを手伝う彼女を、ソファで編み物する彼女を、だがすべて彼女の方が、うわ手だった。
 それが良いことか悪いことか、アリシアは考えなかった。家に残してきた妹とも、小さな屋敷で働く姉とも違う、今の暮らし。貧しい農家に生まれたアリシアにとって、恵まれた屋敷で不自由なく暮らすのは、心地よかった。
 現実を、忘れられた。
「今日も駄目でしたね。レイノルド様」
「次は絶対に、成功させるから!」
 せめてこの時間が続く限り、いつか興味が無くなり、まるで別の世界の生き物でも見るような冷たい視線に変わるのだから。それが、貴族という、生き物なのだから……
posted by kuga at 21:50 | TrackBack(0) | 短編集
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