2006年05月07日

第二十二話 戻るべき場所

「君は、あのサイラスが後任にふさわしいと?」
 壁一面が絵画で飾られた書斎、奥にある暖炉の前のソファに腰掛けたまま、初老の紳士――財務卿アーネスト・ヘイル――は、目の前に立つ執事へ問いかけた。

「彼とは三年間一緒に仕事をしました。筋はいいですし、経歴を考えると、そろそろ執事としての経歴を始める頃でしょう。彼に必要なのは経験と、機会です。能力はあります」
「しかし、君を失った後、私たちは見習いの執事を育てなければならないのか? それは、あまり割りのいい取引ではない」
「最も大切なのはチームワークです。離職してご迷惑を掛ける私が言うべき資格は持ちませんが、サイラスは落ち着いています」
「サイラスが、耐えられるかな?」
「彼は強いです。それに責任感が、人を変えます」
「わかった……彼を信じる、君を信じよう」
 静かに立ち上がり、ヘイル侯爵は暖炉の前に立つ。
 千変万化に揺れ動く炎を見つめる小さなその背中、初めて出会った頃よりも、お互いに年を重ねて。込みあがる感情に蓋をして、ミスター・ユースタスは静かに、主人の前から、退いた。
posted by kuga at 18:09 | TrackBack(0) | 短編集
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/654426
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック