2006年05月07日

第二十一話 日が昇る、その前に

 赤い光が、暗闇の中、生まれる。
 マッチをこすると、きらめくような炎と、立ち上る独特の匂いとが生じる。まるで魔法のように、突然生まれる赤い輝きを、エレンは気に入っていた。
 残り少ない蝋燭に火を移して、エレンは部屋の外に出る。
 片手には蝋燭を、片手には道具箱を。

 蝋燭を頼りに歩く、暗い屋敷の廊下。暗闇には慣れているが、この広さはどうにも落ち着かない。まるで果てが無いような、蝋燭の灯りの届かない空間、目の前に見えては、消えていく。
 小さなメイドは、足元に気をつけながら、物音しない空間を進んでいき、探り当てるのは、ひんやりとしたドアのノブ。音を立てぬように戸を開き、エレンは中に入る。
 ほんのわずかに聞こえる、小さな寝息。今日も彼女の主人は、眠りの中にある。
 起こさないように、気をつけないと。
 炎の消えた暖炉の前にしゃがみこんで、エレンは息を潜め、暖炉を磨き始める。暖炉の石炭が燃え始めると、エレンはほんの短い間、形を変える炎を見つめて、冷え切った指先を、暖めていた。
posted by kuga at 18:08 | TrackBack(0) | 短編集
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