2006年05月06日

第二十話 天井を、仰いで〜続・開かれたドア



注:第十九話の続きなので、先に十九話からお読みください。


「サイラス、私は君を後任に推薦するつもりだ。君にその気があるならば、だがね。君もいつまでもフットマンでいるつもりは無いのだろう?」
「君にその気がなければ、他の屋敷から新しい執事が来る、それだけの話になる。このことを、考えておいて欲しい」
「執事とて、最初から執事ではない。君にはその資格がある。そうでなければ、私はこの職場を離れたりはしないよ」
 仕事を終えた後、執事はサイラスの肩に手を置いてから、奥の部屋へ消えていった。
 あなたほど有能な執事に出会ったことはありませんと、言葉にしようとしたが、そんな言葉に意味はない、何も言えなかった。これほど有能であってもまだ上を目指そうとする先輩に、どんな言葉が掛けられるのだろうか?
「いったい、どれだけ優れた執事になろうって言うんだよ……」
 先輩が触れた己の肩に手を乗せ、背負うことになるその重さに眩暈がしそうになる。自室に戻り、ベッドに寝転がりながらも尚、肩を押さえた手をそのままに、サイラスは、天を仰ぐ。
 執事になれるという幸運な機会を喜ぶより先に、これほど有能な上司を失って、屋敷が果たして円滑に機能するのか。その後を継ぐのが、私であってよいのだろうか?
 ベッドに寝転がりながらも、サイラスは眠れなかった。
 もう少しミスター・ユースタスから学びたいと思っていたのに、その機会が無くなるのだ。折角出会えた、尊敬できる上司なのに。これから、どうなるのだろうか。
「――少なくともあのミスター・ユースタスが、嘘をつくはずは無いか」
 先が見えない不安はあるが、それだけではない。天井に伸ばした両手、広げたこの指先で、空白を埋められるのだろうか? この両手は、屋敷を支えられるのだろうか?
 それを、知りたかった。
 それを、試したかった。



 ひとりの執事が去り、ひとりの執事が、今夜、生まれた。
posted by kuga at 00:47 | TrackBack(0) | 短編集
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