2006年04月09日

第十八話 大好きな人

 暖かい暖炉の前、ソファに腰掛けた少年は、傍にいるメイドをじっと見つめている。メイドは縫い物を一生懸命、夢中になって、針の一刺し一刺しで、頭の中に描いた模様を、形へ変えていく。
「どうかなさいましたか、レイノルド様」
 顔も上げず、メイドは幼い主人の様子を感じ取る。
「きれいだね、アリシアは」
「からかわないで下さい」
「僕は本気だよ」
「ありがとうございます」
 手を休めようとしないアリシアに、レイノルドは少しいらだつ。
「お父様より、お母様よりも大好きなんだ――結婚してよ」
「出来ませんよ」
「出来ないからしないの? 出来るようになったらしてくれるの? いつになったら、出来るようになるのかな?」
「立派な紳士は、そのようなことは言いません」
「――僕のこと、嫌いなの?」
「わがままを言う方は、好きになれませんわ」
 それで話が終わったように、アリシアは手仕事を続ける。しばらくの間、幼い主人が無言だったので、手を休めて顔を上げると、幼い主人は頬を膨らませて、泣いていた。
 くすりとアリシアは微笑み、甘やかせてはいけないのに、小さな主人の隣に腰掛けて、優しくその髪の毛を撫で付けて、涙のしずくを指先で拭い取る。
「お父様より、お母様よりずっと、アリシアを愛しているから」
 無邪気な笑みを取り戻した少年に、アリシアは困ったように微笑んだ。どうせ時間が経てば、こんな信頼は消えてしまう。だから、少しぐらいは、楽しんでいいのかもしれない……と。
posted by kuga at 22:24 | TrackBack(0) | 短編集
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/547654
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック