2006年04月09日

第十七話 私のメイド

「初めまして、エレンと申します。本日より、あなたのお世話をさせていただくことになりました。何なりとお申し付けください」
 ある日突然目の前に、メイドがやってきた。正確に言うと、私がこの家の世話を受けるようになった結果、メイドがあてがわれただけなのだけど、私にとっては一大事で、言葉が無い。
 生まれも育ちもお嬢様ならば何も悩まなかったのに、私は生まれも育ちも、そうじゃない。メイド一人がやってきただけで、どぎまぎしてしまうのだから。

 私の父は教師をしていた。収入はあまりよくなかった。使用人は住み込みではなく、近所の手伝いがあっただけ。母も私もよく家事をしたけれど、母と私、家族三人で幸せに暮らしていた。
 二年前、父が亡くなってから生活は一転。住んでいたところを追い出されはしなかったものの、母も私も学校の手伝いをしなければならなくなって、毎日は忙しかった。
 逃げ出したい、でもどこに逃げたらいいの?
 そんな毎日が続いて。
 それが三日前、母の兄を名乗る人物が姿を見せて、私と母を引き取った。私たち親子が連れて行かれた先は、ロンドンの一等地にある大きな新しい屋敷だった。
 私に与えられたのは、天井が高く、掃除が行き届いた清潔で贅沢な一室、華やかなドレスと豪華な食事、それに一人のメイド。
「何か、問題でもございますでしょうか?」
 心配そうに私の顔を凝視する、私よりちょっと若い女の子。その顔色を曇らせるのは残酷な気がして。
「ううん、これからよろしくね。仲良くやりましょう」
 私は心の葛藤を脇に置いて、想像する限りお嬢様らしく、優雅に微笑んだ、つもりだった。ほんのわずかなそれだけで、彼女の顔に笑顔が戻る、まるで鏡みたいに、私の笑みを照り返して、それ以上にもっと明るく。
 この子にふさわしいお嬢様に、なってみるのも、悪くないかも。
posted by kuga at 22:23 | TrackBack(0) | 短編集
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