2006年04月02日

第十五話 あの方と、さようなら

 開いた窓から、ささやかな風が注ぎ込み、カーテンを揺らす。静謐さに包まれた穏やかな午後、子爵家の三階の私室。開け放たれたクローゼットから、衣類をひとつひとつ丁寧に取り出して、ひとりのメイドが大きなトランクに詰め込んでいた。
 トランクは幾つもあって、その作業はなかなか終わらない。
 深いため息を吐いて、マリアは天井を見上げる。そうでもしなければ、涙が零れそうだった。
 お嬢様と、一緒に行けない。
 それが、彼女には辛かった。
 手にした薄い紗のドレス。テーブルの上にそれを広げて、マリアは優しく、撫で付ける。
 今から五年前、お嬢様が最初に着たドレス、そう、初めて社交界に出るまで、何度、ふたりでダンスを踊ったことだろう? 足を踏まないか、失敗しないか、そのことばかりを考えていた、あの恥ずかしがり屋で内気なお嬢様が、結婚するなんて……
 嬉しさよりも、驚きが強かった。
 ぎゅっとドレスを抱きしめるマリアの頬を、静かに涙が流れ落ちた。
posted by kuga at 20:17 | TrackBack(0) | 短編集
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